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生ける伝説、羽生善治

[ 2019年01月14日 ] [ 高槻 宮之川原教室 ]


みなさんこんばんは。
宮之川原教室の高木です。


少し前のニュースになりますが、ここで言及しておきたいと思います。

本当ならば速報のように記事にしたかったのですが、
衝撃的過ぎて、受け止めるのに少し時間がかかってしまいました。

私の小さいころからの、「スター」だったのですから。
まさに、「巨星落つ」という言葉がふさわしいのではないでしょうか。


永世七冠、羽生善治、ついに無冠に。

 


昨年の第31期竜王戦は、羽生竜王と広瀬八段の顔合わせになりました。
竜王戦は、7番勝負。先に4勝を挙げたほうが、竜王の称号を手にします。

詳しい経過は省略しますが、トータル3勝4敗で、広瀬八段が竜王位を奪取。
羽生竜王は最後のタイトルである竜王を失い、無冠に後退しました。

 

将棋に詳しくない方には、何がすごいことなのか、特筆すべきことなのかが
伝わりにくいと思いますので、補足します。
ここでは、将棋界には、8つのタイトルがありますが、1つ(叡王)は昨年できたタイトルなので、
便宜上7つ、として話を進めます。


まず、7つのタイトル戦は毎年1回の開催で、タイトル奪取をかけて、
タイトル保持者と戦えるのは、予選、本選を勝ち抜いた1人のみです。
予選、本選には、そのタイトルを持っている棋士以外の全員が参加します。
つまり、その時点での「最強」の棋士が挑戦者になるわけです。

もちろん、タイトル戦の結果、タイトルを手にできるのは1人ですので、
1年にタイトル保持者はのべ7人となります。


羽生九段は、平成元年当時に、初めてのタイトル「竜王」を手にします。
翌年に竜王を失陥し、無冠になりますが、別のタイトルを手にしてからこの間まで、
奪取、失冠、復位を繰り返しながら、常に何かのタイトルを持っていました。

平成年間でのタイトルは、のべ210。そのうち、羽生九段が占めるのは、99。
驚異的というか、圧倒的な数字です。

平成3年には、その7つのタイトルを「独占」したりもしました。
まさに、平成時代の最強棋士、というのに異論はないでしょう。

しかし、圧倒的な実績を誇る羽生九段にあっても、加齢とともに衰えがみられるようです。
そして、平成30年の最後のタイトル戦、しかも、初めて獲ったタイトルである
竜王戦で無冠に戻る、というのは、どこか不思議な縁や、できた物語のような風味があります。

 

ここでひとつ疑問を投げかけてみましょう。

なぜ、羽生善治は無敵であり続けられたのか。


答えを一つの事象に求めるのは難しいでしょう。
ですが、その一つに「柔軟さ」があると私は考えています。

どんな戦型でも指しこなし、攻めも受けも自由自在。
それでいて、新しい戦型にも対応し、相手の得意な戦法も受けて立つ。

これを、好不調の波の中でも変わらずに続けてきたことが、
変わらない強さの一端にあるのではないかと思うのです。

 

さて、NHKのEテレで、日曜日の昼に、
プロによる将棋のトーナメントの模様が放送されています。

羽生九段に限らず、棋士が対局する姿を地上波で見られる、最も手軽な番組ですが、
そこでの棋士の姿(とくに終盤あたり)を見てみてください。


1手1分しかない持ち時間の中で、必死に最善策を模索する姿。
そして、勝利、敗北にかかわらず、その1局をきちんと振り返り、
結果だけに一喜一憂しない姿。

ここに、私たちが学ぶべき姿があるのではないでしょうか。


勝っても負けても、次の対局はやってきます。
それならば、今終わったこの対局から、少しでも多くの成果を
持ち帰り、次につなげることが大事なのだと、棋士たちはわかっています。

テストにしろ、仕事にしろ、結果というものは必ず付きまといます。
調子が良かった、悪かったなどはきっとあるでしょう。
もちろん、結果はそれによって左右される部分があります。

しかし、次の「結果を求められるもの」が、遠からずやってくるのです。
であるならば、今日の結果、今日の成果から、明日につながるものを
拾うことが、必要なことなのではないでしょうか。

 

一人の将棋ファンとして、
羽生九段の「復活」を、ちょっと気を長めに持って、待ちたいと思います。
(了)